第三西部露天坑 貝島炭鉱


第三西部露天坑。貝島炭鉱は大規模な露天掘りが主力だった。

貝島炭鉱は、1883(明治16)年に開発された大之浦炭鉱以来、明治・大正・昭和にまたがり活況を呈していた。
しかし、筑豊最後のヤマとして頑張っていた貝島炭鉱も、1976年(昭和51年)に閉山となり、ヤマの火が消えた。
このページは、1973年頃と閉山後の写真とで構成している。操業当時、筑豊の空は黒かったが、活気溢れる炭鉱風景があった。

概略地図
概略地図

福岡県宮若市(旧・宮田町)

交通
博多からバスで約70分
直方から約20分
「宮若市役所」停留所下車。

ボタ山
ボタ山のある風景。当時は珍しいものではなかったが。
露天掘り跡
貝島炭鉱露天掘り跡。現在は溜め池になっているようだ。
風景 風景
風景 風景
1973年頃の宮田町・貝島炭鉱。閉山3年前であるが、まだまだ活気に溢れていた。
貝島炭鉱創業の地碑
『貝島炭鉱創業の地』と刻まれた碑。
石炭記念館
貝島炭鉱創業の地碑に隣接して石炭記念館がある。
石炭記念館
石炭記念館の建物は元・小学校。展示室は教室そのままだ
石炭記念館説明版
石炭記念館説明版。
石炭記念館内部
石炭記念館の内部には、『大之浦炭礦株式会社』の看板や、人車の時刻表が。
石炭記念館内部
所狭しと展示された記念品や史料。背景のレトロな黒板が小学校時代を偲ばせる。
元・校庭に保存された機関車
元・校庭に保存された機関車。アルコ(アメリカン・ロコモティブ社)製の珍しい機関車だ。
機関車 機関車

機関車
操業当時、宮田駅で入れ替えに活躍するアルコ。
専用鉄道鉄橋跡
宮田駅と六坑を結ぶ専用鉄道の鉄橋跡。
機関車 機関車
こちらはドイツ・コッペル社製の機関車。これも珍しいものだ。

宮田駅 宮田駅
当時の国鉄宮田駅。運炭列車の先頭に立つのは国産機関車9600型だ。

Create: 2007.06.05
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